・三話・
7月26日
あれ以来もとの時に戻れていない。が、今は不思議と不安にもならない。悲しくもない。
そんなことを思いながら廊下を歩いて階段を下って居間へ行く。
すると、腰あたりに黒いさらさらとした髪の毛――いや、腰くらいの背の女の子がやってきて私に声をかけた。
「冬実お姉ちゃん、今日は花火大会なんだよ!みんなで行こうね?」
そういって奈々は満面の笑みをこぼした。
花火大会、自分もそういうイベントは好きだ。
「え?今日花火大会なの?」
聞いていなかったので素直に聞き返した。
奈々も素直にうんと答えた。
ためていた気持ちを私はすぐに開放した。
「やったあ〜!!!花火大会〜!!」
そういって私は両手を上にあげ、万歳のポーズをした。
そのままジャンプをしたりと跳ね回りながら喜んだ。無邪気に子供のように。
これが13歳の姿か?と思うほど。
奈々もそれに習って一緒に喜んだ。
二人ではしゃいでいると、下がやけに騒がしいことに気がついたのか元斗が降りてきた。
「なにしてんだ・・・?二人して・・・」
奈々はわかるが・・・まさか冬実まで・・・といった顔で見てくる。
それは半眼で呆れ顔。ため息混じりに物事を言ってきそう。
そのセリフでやっと我に帰ってぴたりと私は行動をとめる。
汗が頬を伝ってあごから下へ落ちる。
「いや・・・これは・・・・あのー・・・」
苦笑で誤魔化そうと思ったが相手の顔はそのままで、こちらもそれ以上言葉がでない。
いいわけの言葉を見つけようとしても、恥かしさのあまりに頭がからっぽでうまく言葉がでないのだった。
そんな私の様子を知ってか知らずか、元斗の妹である奈々は頬を膨らませて兄への文句を言った。
「今冬実お姉ちゃんと一緒に踊ってたの!!なんでそういう目で見るの〜?!」
そのあと、兄と妹による口喧嘩が始まったのであった。
しばらく口喧嘩をしていたのだが、ついつい手が出てしまったようでなんでもありの喧嘩が始まった。
関係のないことまで言い出す始末。私も兄妹喧嘩とにたような喧嘩はしたことがあるが、この二人の喧嘩を止めることが出来ない。
入ったら殴られそうな勢いだ。
両手でおさめるようなポーズはしているものの、さっとはいれずに私は苦笑のまま立ち尽くしていた。
「ふ、ふたりとも〜・・・??」
勢いに押されながらもなんとか出した発言ではあったが、ふたりに聞こえた様子はなく虚しく終わった。
それを見届けた後でがっくりと肩を落としてため息をだした。
しばらくして、私は喧嘩をやめない二人に痺れを切らし。
「あー!!もう!!ふたりともやめなさいあああああいぃ!!!」
一言家いっぱいに聞こえる声で怒鳴った。
それで二人はやっと気付き手を止めた。そして私の顔色をうかがった。反省している様子があったので一安心した刹那。
二人の声がぴたりとそろった。

「だって、こいつが・・・」
「だって、お兄ちゃんが・・・」

一瞬の静寂が足早に去っていった。
そしてまたその一言をきっかけに喧嘩が幕開けするのであった。
一瞬は安心した私だったがこの二人の様子を見て脱力し、ため息にも思えない息を吐いてゆらゆらと落ちていって仰向けに倒れた。
すると眼中に足が。その足をだどって上へ登っていくと。顔が見えた。
おばさんだ・・・。
その顔は怒りの微粒子を散らしていた。私もその表情には生唾を飲んだ。

家中に私よりも大きな怒声が上がった。そのあとは泣き声やらいろいろな表しにくいもの達が。
どれくらい経ったか、静寂が戻った。楽しい雰囲気は消え、居心地の悪い雰囲気へと変貌していた。
「・・・」
二人になんと声をかけたらいいのやら・・・じっと二人の顔を見ながらそう考えていた。
小さくため息をついて言葉を捜す。
そんなことを考えていたはずなのだが、ひとつの言葉が頭に浮かんできた。

母の力は偉大だな〜・・・

関心にも似た、諦めにも似た、なんとも言えぬ複雑な思い混じりの一言。
自分の母も私に怒鳴ることがあった。そのときの私も今の二人と同じようにしょんぼりと肩を落とす。
自分を重ねれば、諦めで。自分を重ねなければ、関心。
「冬実お姉ちゃん」
しょんぼりした顔をしながら奈々は私のもとへやってきた。
私の座ってるすぐ横に座ってまだ腫れぼったい目で私を見る。
奈々の頭の上に手を置いて、私は優しく撫でた。慰めの言葉をかけながら。そして昔の自分を重ねながら。

母は偉大だ。
始終、母の力が発揮された。
「ほらほら、まだしょげてるの?おやつよ?」
そういってテーブルの上に3人分のゼリーを置いた。
部屋に差し込む太陽の光を受けて、透明で鮮やかな淡い色をつけたゼリーは輝いていた。
反射してキラキラ輝いてる部分もあって、影の真中には淡い色がついていた。
ひっそり汗をかく麦茶の入ったコップ。
そちらも反射して水滴がキラリキラリと光っていた。
夏に似合ったゼリーというおやつは、ふたりのしょんぼりした気持ちをさらりと流した。まるで喉から胃に流れるようにするりと。
そんなふたりの様子を見て私も自然を笑みをこぼしてゼリーを口にしていた。
話題は自然と花火の話になった。
「4時には出てくぞ、冬実」
「え?だって7時からでしょ?」
元斗がいった時間はあまりにもはやすぎる気がした。
3時間も間がある。
「山登るんだよ。どれくらいかかると思ってんだ?」
「お山に登るとね、お星様いっぱいで、花火も大きく綺麗に見えるんだよ?」
兄の発言に妹はそう補足を加えた。
創造しただけで、あ〜なんて綺麗なんだろう、と思うほど。
この時代の山からみる花火や星空。
早く夜がやってこないか。夕方がやってこないか。
「へぇー・・・とっても綺麗そう・・・ああ〜、早くみたいなあ〜」
胸の前で両手を組んで、瞳を閉じてそう呟いた。
「なーに乙女チックにふけってるんだよ〜」
元斗が私をおちょくった。
「むかー・・・。いいでしょー?私がどうしたってさ!」
軽く喧嘩をして笑いあう。

よくよく考えてみれば、こんなに同級生の男子と話したことあったっけ?
ないな〜、結構私って男子と話すの苦手だし。
結構、男子と話すのって楽しいんじゃない?
なーんだ、じゃあもっと話せばよかった。

もし、もし帰れたら、勇気をもって話し掛けてみよう。

一人決意を決めて、最後のゼリーのかけらを口に入れた。
残りの麦茶を少しゆっくりめに飲み干して。
ぷはーと息を吐く。
「ねえねえ、冬実お姉ちゃん!4時まで奈々と遊んで?」
テーブルに上半身を乗り出して奈々は私を誘った。
「うん、いいよ」


3時53分
「おーい。そこらへんにしてもういくぞー?」
少し遠くから元斗の声がして、私と奈々は手をとめる。
「え?もうそんな時間ー!!?」
少し遠くにいる元斗に向かって聞き返す。
すると向こうは「そうだよ!」と良く聞こえる声で答えた。
遊んでいたものを片付けて、元斗の方へ急いで向かう。

家に一旦帰って、少しだけ準備をする。
準備を終えたら近くの山に登る。
途中までは私も遊びに来たところ。今まで登ったことのないところも登る。永遠に続きそうな登山。
時たま視界が開け、山の下が見える。
隣山が見え、谷間には民家や田んぼ、畑、果樹園などが一面に広がる。少し遠くに海も見える。
私の大好きな海が。
その光景をみると、心も体も休まる気がして心地よい。木々の間を抜ける風も髪やスカートをそっと揺らして気持ちが良かった。
そうして楽しみながら登山を続けていった。

夕日が沈む前の6時にはついた。
「お?なんとか夕日が沈む前にはつけたな」
元斗が私の横でそう呟く。
私が振りかえると元斗は夕日が沈む地点の方を向いたまま。
「こっから見る夕日は日本、いや世界一だと思ってる。それくらい綺麗なんだ」
どこか寂しげで、誇らしげに呟いた。
私もつられて元斗と同じ方向を向く。しばらく眺めていた。今沈むわけでもないのに。
あたりに木々はなく、堤防もない崖のようなところ。
危険ではあるが、そのおかげで海がハッキリ見える。海を見下ろしている。
海である地平線は緩やかに曲線を描いている。
この雰囲気。私の家の近くでも見ることが出来る光景。
懐かしい気持ちと悲しい気持ちと、二つが同時にやってくる。ぐっとこらえて日が沈むのを待つ。

赤い、赤い太陽はその大きな体を海へ沈めようとしている。
それに伴って海は真っ直ぐ伸びる光の道を映し出す。
両端はぎざぎざしているが、それが綺麗に見える秘訣のひとつでもある。
所々キラキラと太陽の光を受けて輝く。
まぶしい。そう思って腕で目のところに影を作る。
太陽はもう半分を沈めていた。
反対の空には少しかけた、満月に近い月が姿を見せていた。
月はもうこぶし二つ分ほど上がっている。
空の色は真っ赤から紺色へと綺麗なグラデーション。
雲は太陽の光を受けて赤く染まっている。
太陽はもう、頭を少しだしている程度。
月の出ている空には一番星が輝く。そろそろ星もたくさん現れるころ。
大半を紺色や、青紫といった夜の色が空が占めていた。
太陽は何時の間にか全ての体を沈めていて、沈んだ地点が少しまだ赤い。
その赤い色も消えかけて、いよいよ夜の訪れを告げる足音がはっきり聞こえる。

ひゅー・・・・。

高い音が聞こえたと思ったらうっすらと消える。
そして少し静かな間があって。
無音で空に大きな大きな、そしてとても美しく鮮やかな花が咲く。
その花が完全に開いた頃、どこからか

どーん!!

と体に響く音が鳴く。
そしてまた、ひゅー・・・・という音。
無音で花開いて、大きく開かれたころにうなる。
その繰り返し。

夜空に咲く花は、夏の夜空を象徴する花。
綺麗な花を咲かせてすぐに散る、夏だけの花。
そしてどの花よりも早く散る。
どの花より儚い。
でも、とても綺麗で時間も忘れる。自分がどんな場所にいて、どんなときを過ごして、誰と一緒なのかも。
それほど凄い魅力の花。

花。花。そしてまた花が咲く。
いや、華。そう、こちらのほうがイメージにはぴったりだ。
華、華。鮮やかに綺麗に儚く咲く華。


儚く消える華。それでも、心には鮮やかに綺麗に誇らしく残る華。どの花よりも印象深い華。
匂いはない。
手にとって見れない。
触れられない。
手を伸ばしても、届かない。
存在するけど、その存在は、目と耳でしか確認できない。
それが、夜空に綺麗に咲く。

花火・・・。

どの時代も変わらず、綺麗に誇らしく咲く華、花火。
大事な人と共に眺めていたい華。
大事な人。大切な人。

それは。それは・・・?
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