・序章・
2003年 夏。
中学生活でのんびり過ごせる最後の夏休み。
友達と花火大会に行って、友達とお祭り行って。騒いで、楽しむ。

頭の中で私は計画を立てていた。
これからの夏休み。
言い忘れていたが、今は夏休み前日。
明日は終業式で、長く暑い夏休みの始まりを告げるのだ。
セミの鳴き声が教室にだって響く。先生の話なんて聞かずに入道雲がきれいな青空を眺めていた。
微かにセミの鳴き声と先生の声が聞こえる。先生の話が聞こえるが、内容は入っていない。
クラスのみんなも騒いでいた。明日からの夏休みに心躍らせて。

私は青空が好きだ。あの綺麗な青に染まった空と、その中にはっきり浮かぶ雲。とくに入道雲などの大きな厚い雲が好きだ。
海岸から見える入道雲は素敵で心躍らせる。
それに、夏の雰囲気は大好きだ。
夏には二面の顔があると私は思う。
一の面は、楽しさである。
夏にはイベントがたくさんある。
冬のクリスマス、春の花見。それとは違ったイベントだ。
自分で決めて計画をする、キャンプや旅行。
もう日付は決まっている、お祭りや花火大会。
二の面は、懐かしさ、寂しさである。
夏の夕方、一人になると寂しさがやって来たり。
去年の夏の出来事を思い出して懐かしくなったり。
これは、私には表現する言葉が見つからない。例にあげたものだって、どの季節でも言えてしまう。
だが、夏だけの寂しさ、懐かしさがある。あるのだが、どうしても表現できない。

私は一度、田舎へ足を運んでみたいと思っている。
高校になったら、バイトをしてそのお金で一人旅でも行こうと思っている。
どうでもいい。計画なんてどうでもいい。行けば、もうそれだけでなんとかなる。
私は今そう思っている。



・一話・
放課後。
なんだか妙に離れたくない気持ちを押さえ、家路につく。
私の家まで行くのに、いくつかルートがある。
少々遠回りになるのだが、夏の海が好きな私は海岸沿いを歩いて帰る。
サーファーがサーフボード片手に浜辺を歩いていたり、波乗りをしていたり。
パラソルを開いてゆったりしている人、日焼けをしている人。
そんな光景を横目で見て、私は地平線から上を眺めていた。
隣は道路なので車が通る。

「ふゆー!!」

突然背後から声をかけられた。
"ふゆ"というのは、私のあだ名である。名前が冬実だからである。読み方は「とうみ」なのであるが、漢字から、ふゆと呼ばれる。
そしてこんなあだ名をつけたのは同じクラスの半幼馴染と化してるある男子だ。
夏が好きだと知られてるからこそ、その逆の季節の名で呼んで私に不快な思いをさせているのである。
もう最近は慣れ、友達からもそう呼ばれる。

「麻奈恵じゃん。どうしたの?」
同じクラスの鈴木 麻奈恵(すずき まなえ)である。
彼女はまったく正反対の方向のはず。だからとんでもなく珍しい。
これは何かある。と、判断した。
「あ、あのね、ふゆ・・・」
彼女は話し難そうに俯いて小さな声で言った。
その彼女の様子から、私は人目につかない場所まで誘導した。

もう使われていない神社の裏。
私の秘密の場所。唯一、多くの木々に囲まれる場所である。
「で、どうしたの?」
いつもの話し声とは変えて優しく声をかけた。
すると麻奈恵はそっと口を開いて
「ほら、キャンプに行くっていったでしょう?」
数日まえ、彼女は私にキャンプに行くことを告げていた。
そのことは数人の友達が知っている。
「うん、言ってたね?それが?」
話の先が見えない。
「私の好きな人も・・・同じ場所に、同じ日に行くんだって・・・」
「えぇ!!?すっごい偶然じゃん!!?」
そんな運命的なことがあるのか。そう思っていた。
またもや言い忘れていたが、彼女は家族とではなく友人数人と行くのである。
麻奈恵はすごい勢いで首を振った。
「そ、それが・・・彼が私の行く日を知ってその日にしたんだって!!!」
顔を真っ赤に染めて、麻奈恵は私の腕をつかんだ。
それは私に救いを求めているのがわかった。
私は彼女の頭をそっと撫でて。
「いいじゃん。チャンスだよ!!良い結果、聞かせてね?」
彼女は顔を上げて否定だか抗議だかをしようとわさわさしていた。
今にも泣き出しそうな彼女の顔を、私はじっと眺めていた。

幸せなことなんだから・・・受け止めればいいのに・・・。

こころでそう思っていたはずなのに。
つい言葉にしてしまったらしい。
「・・・あ・・・な、なんでもない!!」
私は今言ったことをなかったことにしようとした。
麻奈恵はすぐに私の手を取って、「ありがとう」と礼を言った。
「勇気出た。がんばるね?良い結果、聞かせるから・・・」
そう言って、彼女は駆け出した。
制服のスカートをゆらゆらと揺らしながら。
ツヤのある髪をゆらゆらとゆらしながら。
「良し!!」
と、気合を入れて立ち上がり家に向かっていった。


街の明かりで見え辛くなっている星々を眺めながら、今日の麻奈恵の様子を思い出していた。
成功・・・してほしい・・・。
何故だかそれだけを思っていた。
いつもと自分が違うことに、気がついていた。
それは、微かだが・・・。

次の日。今日は終業式で、夏休みの始まりを告げる。
今日も先生の話を聞かずに終わった。毎年同じようなことをいう。わかりきってる。
どうせ、事故には気を付けろ、なまけるな、勉強しろ、手伝いをしろ。
わかってるからどうでもいい。

学校が終わって、今学期最後の部活に参加する。
終わったころにはすっかり日が落ちかけている。
夕日色に街中が染まっていた。
家に帰ろうと学校の門を出たところで私は忘れ物に気がついた。
急いで教室に戻る。
静まり返った教室。夕日色に染まっていて。影が長く伸びていて。私の感じる夏の二の面である、寂しさがあった。
数秒そのままでいた。
やっと我に帰って自分の席に行く。
机の中に手を入れて忘れたものを探す。

私が忘れたもの。
それは、薄汚れた巾着袋。中に大切なものは入っていない。
大事なのは、巾着袋そのもの。
これは、もう二年前になくなった祖母からもらったもの。
手作りのものだ。
そして最後のもらい物。
いろいろ祖母にはもらっていたが、これが・・・最後になるとは思っていなかった。
この夕日の中だ・・・。
涙が込み上げてきた。
それをぐっとこらえて巾着袋をかばんにしまう。
夕日の光が差し込む窓を背にして、教室を出ようとする。
ドアに手をかけた瞬間、強い立ちくらみを感じてその場に倒れこんだ。


気がつくと、草むらの中に倒れていた。
自分がいたのは教室のはず、だが草むらなのである。
起き上がると自分の住む町とは明らかに違っていた。
どうみても、一昔前の田舎そのものである。眼前には、校舎がある。
だが、その校舎は木造立てで、自分の住む街にはない。

あたりに民家はぽつり、ぽつりと少ない。
ここは、何処?

ふと空を見上げると、空の濃さも違っていた。
排気ガスに汚染されていない空・・・。やはり田舎か・・・?

しかたがなく立ち上がって道沿いに進む。
一軒の民家の前に男の子が一人、立っていた。見た目は自分より年下のように見えた。
実際、どっちなのか知らないが。
その男の子を見ていると、向こうがこちらに気付き声をかけてきた。
「・・・あんた、何処のやつだ?見かけない顔だぞ?」
さすが田舎!と失礼だが思ってしまうようなファッションを彼はしていた。
「え、えっとー・・・。都会から来たんだけど、迷子になっちゃったみたいで・・・」
私はそう言った。実際きっとそうなのだろう・・・。
「親は?」
「・・・い、いない・・・?」
気付かれぬ程度に語尾を上げた。

今の自分の状況を少しごまかしながら話した。
すると彼は、うちに泊まってけよといってくれた。
今は遠慮できる状態ではないので、言葉に甘えた。
「あ、そうだ。俺の名前は頃橋 元斗(ころはし げんと)」
あんたは?と聞いてきた。
「・・・私は・・・古崎 冬実(ふるさき)よ」
「ふーん、珍しい名前だな。まいいや、こっちが玄関だ」
元斗は私を家に案内した。

家の中には父母がいて、妹らしき女の子もいた。
「とうちゃーん、こいつ家に帰れないらしいんだ。とめてやっていいか?」
現在ではありえないような会話である。
「・・・ひとつ部屋が空いてるから、そこを使うといい」
簡単に決まっていく。しばし呆気を取られた。

部屋に案内された。
そこにはただ、ベッドと机とたんすなどの必要最小限のものだけ。
使われていない。一目でそれは読み取れた。
部屋中虫の鳴き声が響いていた。
「こんな部屋でごめんなさいね?こんなところだけど、自分の部屋のように使って良いわ」
私はおばさんの顔を見て。
「いいえ、そんなことないです。なんだか、とっても素敵な部屋で・・・」
私はこういう部屋で一晩だけでも過ごしてみたいと思っていた。
嫌、でなくむしろとてもうれしい。
「そう?ありがとうね?」
おばさんはそう行って部屋を出た。

一人、部屋に残った私はそっと窓の外をみた。
数M先だろうか、川のせせらぎが聞こえる。
よく見るときらきらと光るところがあった。
月の光を受けて輝いていた。
周りにはほわ、ほわ、と黄色帯びた蛍の光が見えた。
それは、その川が綺麗なことをあらわす。
私は始めて見たその蛍の輝きに目を奪われていた。

「冬実〜、縁側くるか?」
元斗が私の部屋に入ってきた。
「ちょーっと!!?女の子の部屋に無断で入ってくるなんて――」
という私の言葉を最後まで聞かずに元斗は言った。
「ノックしたろ?聞こえなかったのかよ?」
蛍の輝きに目を奪われていた所為でノックの音が聞こえなかったようだ。
「え?そうなの!?ごめんね?」

縁側に案内された。
月と星が綺麗にはっきりと見えていた。
「うわー・・・綺麗・・・」
今までに見たことのないほど綺麗な星、月・・・。
なんて素敵なのだろうか・・・。なんて美しいのだろうか・・・。
「おまえの住んでるところって、こんくらいのもん見れないのか?」
「うん、見えない」
街の明かりが一晩中消えることなく光っているというのだから仕方がない。
こんなに暗くない。
光がまるでひとつもない夜。こんなのは初めて味わう。
「おまえって面白いやつだったんだな?」
そういって元斗は笑った。
「し、失礼な!!!何処が面白いのよ!!?」
「だ、だってよー・・・」
元斗は相変わらず笑ったままである。
「だいたい、あんたいくつよ!?」
年下からそんなこと言われるなんてプライドに反する!!といわんばかりの勢いで聞いた。
すると、元斗は。
「いくつ・・・って14だぞ?」
「え・・・?」
私はまだ13・・・。誕生日を迎えていない。
「俺5月生まれなんだぜ〜?」
そういってにっと笑った。
・・・・・ということは・・・・。
「・・・ど、同学年!!!?」
こんなに幼げに見えるのに!!?
全然自分より身長が低い。確かにこれくらいの背の男子はいるが・・・。
顔も心もまるで年下。
なのに同学年・・・。
田舎だからよね?と一方的に片付けた。

お風呂に入って就寝することになった。
こんな早い時間で寝るのは久し振りな気がする。

2003年 夏。
18時23分。
教室で立ちくらみを感じて気を失った。

気がつけば、田舎にいて。
田舎で初めての時を過ごした。
21時 就寝。

今日が終わった。
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